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鎌倉トリップ「化粧坂」

「鎌倉七口」 って知っていますか。

源頼朝が鎌倉に幕府を開いた大きな理由、

それは、南は海、北東西の三方を山に囲まれ、敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われています。

物資などを運搬するためには大きく迂回するよりもこの山を切り開いたほうが都合がいい。そうしてできた道が「切通(きりとおし)」です。

その切通しが7つで「鎌倉七口」

「化粧坂」「名越切通」「大仏切通」「極楽寺坂切通」「朝夷奈切通」「亀ヶ谷坂」「巨福呂坂」です。

その中でもとりわけ趣のあるのが「化粧坂(けわいざか)」です。

鎌倉駅西口から徒歩20分強、鎌倉市扇ガ谷の住宅地の奥から源氏山公園へと続く坂道です。

元弘3年(1333)新田義貞の鎌倉攻めの時に「激戦地」となった場所です。

馬も通れないように、道の至る所に大きな岩などで凹凸が付けられた滑りやすい急坂で、

僅か80m程の坂道ですが、新田軍は進攻から4日経っても突破できなかったそうです。

その後稲村ガ崎から突破し、わずが1日で幕府を倒した新田軍をもってしても歯が立たなかった化粧坂・・

いつ行っても薄暗く、岩肌はしっとりと湿っていて、何とも言えない空気感で満ちています。

すぐそこからお侍さんが出てきそう・・

岩陰から矢が飛んできそう・・

タイムスリップをしたような錯覚にとらわれ、背中がゾクゾクします。

 

また、この歴史を爪痕を深く残す坂は、「女と死人の悲しみを感じる坂」でもあります。

当時、化粧坂山頂(源氏山)には小町屋及び売買所を構えても良いと記録が残り、遊女がいたといわれています。また多数の火葬跡も発見されていることから、都市鎌倉の境界に位置する葬送の場であったと言われています。

ひんやりとしたあの空気・・・納得です。

 

【切通シリーズ、こちらもご覧ください】

大仏切通 https://xn--ihq21cozd1oe49hisi5t7c.com/rstyle/12720

滑りやすい岩肌

登り始めは中々の急こう配、右手上方から矢が飛んできそう・・

あえて造られたでこぼこ道

今日も静寂とひんやりとした空気に包まれています
狭い道がくねくねと曲がりながら続きます
木漏れ日で光る苔に目を奪われながらも、足元はしっかりと!
何度か滑りそうになりながら、ようやく終点です

源氏山公園に出ました

振り返り、化粧坂切通しを臨む

公園内を左へ進むと・・

今日も源頼朝が鎌倉の街を見守っていました
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